熊本簡易裁判所 昭和34年(ろ)442号 判決 1960年11月30日
被告人 山下博光 外三名
主文
被告人藤本勝を罰金五千円に、被告人山下博光、同松下俊之及び同花岡実を各罰金三千円に、処する。
この罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。
被告人等に対し、いずれも公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しない。
訴訟費用は全部被告人等の連帯負担とする。
理由
(一) 罪となるべき事実
被告人山下博光は熊本県職員組合副執行委員長、同松下俊之は全電通労働組合熊本県支部執行委員、同藤本勝は農林事務官であつて全農林労働組合熊本県本部執行委員、同花岡実は農林技官であつて全農林熊本本所統計分会執行委員であつたが、被告人等は共謀の上、昭和三十四年六月二日施行の参議院議員選挙に際し全国区より立候補した山本伊三郎及び地方区熊本県より立候補した百武秀男に当選を得しめる目的を以て法定の除外事由がないのにかかわらず、同年五月二十二日午後一時頃より同三時頃までの間、別表記載のとおり熊本市所在の地方公共団体である熊本県の管理する建物である熊本県庁内文書文教課その他の事務室において猪口守忠等多数の県職員組合員である選挙人等に対し、単一の犯意のもとに、「今次参議院議員選挙後の臨時国会では安全保障条約の改正が提案される予定であるが、その改正を阻止するため我々革新陣営より一人でも多くの議員を選出しなければならない、県総評傘下の県職組では全国区山本伊三郎候補、地方区百武秀男候補を推しているが、殊に百武候補は桜井、松野両候補の挾撃を受けて苦戦している、皆一致して推さねばならぬような情勢にある。」等結局県職員組合員等の協力を願うとの趣旨の演説をなし、右両候補者に投票するよう勧誘運動をして以て被告人藤本勝及び同花岡実の両名においては国家公務員法上一般職の職員であるにかかわらず政治的目的を以て人事院規則所定の政治的行為をなしたものである。
(二) 証拠の標目(略)
(三) 被告人等及び弁護人等の主張に対する判断
(1) 本件は労働組合の一員である被告人等のなした組合活動であり選挙運動でないとする主張について。しかしながら社会的事実としての人間の行動が労働法的評価によつて組合活動と目せられると共に、他面選挙関係規整の法の立場から選挙運動と評価せられることのあり得るのはいうをまたない。
(2) 本件は被告人等が個人的な行為としてなしたものでなく組合で決定せられたところにしたがつてなした行為であるとの主張について。しかしながら組合での意思決定があつたところでその決定に副う組合員の行為が刑罰法規に触れるものである以上、実定法秩序は原則としてその組合員に対しこれが実行の拒否を要求する。組合員が、これを拒否せず右決定に副う行為に出でた場合、意思決定に関与した者の責は別として、その組合員が右刑罰法規にもとずいて罰せられることのあるのは当然である。
(3) 被告人等県総評加盟の組合員等としては県庁を傘下単位組合員の職場としてしか認識せず、これを公務所とする認識を有しなかつたとの主張について。しかしながら本件に顕われた証拠によると、被告人等が熊本県庁を熊本県庁として認識していたことは十分に窺うことができ、そうである以上、被告人等は同県庁を地方公共団体管理の建物として認識していたと推認するのが相当である。
(4) 国家公務員法第百二条第一項は憲法第十四条、第二十一条に、人事院規則一四―七第五項第六項は憲法(ことに同法第三十一条)に違反するとの主張について。しかしながら憲法第十五条は公務員はすべて全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でない旨を規定しており、また行政の運営は政治にかかわりなく法規の下において行われるべきものであるところ、国家公務員法の適用を受ける一般職に属する公務員は国の行政の運営にたずさわることをその職務とする公務員であるから、その職務の遂行にあたつては、いやしくも一部の階級若しくは一派の政党又は政治団体に偏するをゆるされないものであつて、かくしてはじめて一般職に属する国家公務員が右憲法第十五条のいわゆる全体の奉仕者である所以も全うせられ、また政治にかかわりなく法規の下において行われるべき行政の継続性、安定性も確保せられるのである。国家公務員法第百二条第一項が一般職に属する国家公務員につき、とくに一党一派に偏するおそれのある政治活動を制限することとしているのは右理由に基くものであつて、この点において一般国民と差別して処遇せられるからといつてもとより合理的な根拠に立脚するものであり、公共の福祉の要請に適合するもので、憲法第十四条、第二十一条に違反するものとはなしえない。また人事院規則一四―七は右国家公務員法第百二条第一項に基いて一般職に属する国家公務員の前記職務に照し必要と認められる政治的行為の制限を規定したもので実質的に憲法に違反する点は認められず、さらに右規則には国家公務員法により委任せられた範囲を逸脱した点も認められないから形式的にも違法でなく、憲法第三十一条違反の主張はその前提を欠くものというべきである。
(四) 適条
被告人山下及び同松下関係―公職選挙法第百六十六条、第二百四十三条第十号
被告人藤本及び同花岡関係―公職選挙法第百六十六条、第二百四十三条第十号、国家公務員法第百二条第一項、第百十条第一項第十九号、昭和二十四年九月十九日人事院規則一四―七第五項第六項、刑法第五十四条前段、第十条(右国家公務員法違反罪の刑にしたがう)
被告人全員関係―刑法第十八条、公職選挙法第二百五十二条第三項、刑事訴訟法第百八十一条、第百八十二条。
(裁判官 嘉根博正)
別表(省略)